バイオエコノミー
持続可能な暮らしを支える共創型の小規模環境技術が果たす役割

持続可能な暮らしを支える共創型の小規模環境技術が果たす役割

第8回研究会報告:2022年7月20日

兵庫県立人と自然の博物館 主任研究員 三橋弘宗さん

小さくぼちぼちみんなでやったら解決できることありますよ、というのが今日の話題の概略です。1つは農地や道路の雑草の管理、もう1つは自然再生事業です。水生生物が本来の専門ですが、博物館では地理情報システムやデータサイエンスも担当して、それらを駆使してトータルで問題解決しようとしています。これまで、シカやクマの被害推定、博物館学、生態学、ヒアリ対策などいろいろやって来ましたが、重要なのは出口技術です。コンピュータでリスクを評価して図を描いたとしても出口(問題解決)ではありません。出口技術を意識して仕事しないとタダの研究で終わります。日曜大工的な誰もが取り組める作業でより良い環境にしていくことを研究していますが、これをデータにして分析したり、計算や技術で効率が良い方法を開発し、これらを政策パッケージに組み込めるような大きな施策にすることも大事です。

公共事業は今限界に直面しています。お金がない、人員がいない、協力してくれる人もいない、昔の知恵が失われ技術がない、知識がないという状態です。そこで地元の人から苦情が出て担当者のやる気も削がれる状況が発生しています。誰も責任を取りたくないので結局立場が弱いところに事業が丸投げ状態となり、地域の分断を生むことになります。その一方でマネジメント課題は乱発される傾向があり、悪循環になっています。そこで社会に労力、技術、知識を増やすことが今求められています。SDGsは悪い言い方をすると国連が50年かけて取り組んできたけど全然解決できなかった17の課題を社会全体で取り組む課題を見事に転換したものです.流域治水も川の中だけで解決できないので地域課題に転換されています。上手に匙が投げられてます。そういう時代に適した技術開発が求められています。

では地域を悩ます小さな課題群に向き合うにはどうしたらいいのか。慢性的でどこにでもある課題でキリがなく、手間がかかるけど小さな工夫で共創できる仕事をCivic Techといいます。今世界のCivic Techを博物館で収集して展示できるようにしたいと考えています。もっとも有名な例でお手本にしているのはアフガニスタンの中村哲さんです。医療の前に水をということで福岡県朝倉市にある山田堰を手本にアフガニスタンで灌漑事業をされました。Civic Techなので補修や維持管理が地元の人で行えます。これを真似て、秋田県の斉内川での事例を紹介します。ここは災害復旧で真っすぐになってしまった川ですが、秋田県の職員さんが自前でバーブ工(川岸から上流に向かって斜めに築く低い堤)を作りました。バーブ工の先は川底が深くなって魚類が豊富な淵に、その下流には土砂が堆積して瀬ができました。お金をかけずに生き物が住みやすい環境を創りだすことができるだけでなく、他の地域への展開ができます。つまり技術が流布されることが特徴です。こうしたビジネスモデルは、決して新しいものではなく、古からあります。それは弘法大師の方法です。弘法大師は仏教の布教とともに柳谷観音の霊水や満濃池の建造者として有名です.直接役に立つ利水・治水とセットで布教を成功させたのではないでしょうか.小さく各地を巡礼して小さな技術を伝授して地域づくりと布教をセットで展開してきた.私もいきなり地域の方に難しい生物多様性の重要さを訴えるだけでなく、副次的な効果をいろいろ示して護送船団方式でやっていこうと思っています。小さな作業がきっかけで展開した事業もあります。川西北小学校では学校のすぐ横の水路で始めた小さな自然再生がきっかけで絶滅危惧種の保全や周辺水路の整備と活用を通じて、暗渠化が予定されていた水路が逆に町のシンボルになりました。小さく取り組むことは、地域の自然を自分ごとにする技術なんでしょう。

バーブ工の設置風景

2010年に生物多様性条約締結国会議(COP10)が名古屋で開催されました。ここで生物多様性保全のいろいろな国際目標が設定されたのですが、10年後にその目標のほとんどが達成されませんでした。みんなが小さく取り組めるような内容にあまりにも乏しかったというのが私の考察です。そこで難しい内容でも、誰もが取り組みやすくなる適正技術化の実践学として、小規模多機能技術について2015年から取り組んでいます。調べてみるとできることは沢山あります。2021年のCOP15では2030年に向けて30×30という目標が設定されました。今後は自然回復の10年と位置付けられていて、陸域と海域の30%を保護区にしようとする取り組みです。このなかで、国立公園等以外で自然共生エリア(Other Effective are-based Conservation Measures, OECM)、ざっくり言うと緩やかな保護区をどれだけ作れるかが政策上では重要な位置づけにあります。このエリアを基軸として、社会課題に対し自然の機能を生かした解決策(Nature based solutions)を導入することが国際的な規範となりつつあります。エリアベースでOECMを設定し、獣害対策、自然再生、小さな拠点づくり、カーボンニュートラル、文化観光戦略、地域博物館の活性化を複合的に解決したいと思っています。このとき、やはり小さな技術がコミュニティーをつなぎ、保全の社会浸透に貢献します。

小さな自然再生の例としてはホームセンターで入手できるコンクリート枠を使ってオオサンショウウオの魚道づくりで多くの遡上が認められました。小さな自然再生には3つの基本条件があります。i) 自分たちで調達できる範囲の予算で、ii) 計画や作業に様々な人が参加でき、iii) 手直しや撤去がすみやかにできることです。バーブ工、石組みの手作り魚道、袋詰め玉石による段差の解消、耕作放棄地を用いた調整池の作成などです。効果が出れば後に正式な工事につながります。そんな事例を積み重ね、全国でネットワークが出来て、知と経験の集積が進んでいます(水辺の小さな自然再生)。博物館では、標本だけでなく、こうした知の集積もコレクションしたいものです。

小さな自然再生だけでなく、インフラメンテナンスにも小さな技術は役立ちます。博物館の標本保存の技術を使った水路や港湾の防水・防草対策です。博物館で使う標本製作法(プラスティネーション)の応用です。ヒアリの対策から始まりました。ヒアリはコンテナヤードのコンクリ舗装の隙間から生える草を餌として根本に巣を作ります。そこで高浸透性のシリコンを新たに開発し、このような隙間を埋めることに取り組んでいます。これを応用すると、道路や橋梁のクラック対策、農業水路の漏水止めが可能です。通常の工事と比較するとコストは百分の1以下で迅速に処理が可能です。水路の保全で効果が出るとカエルの保全などもお願いしやすいです。

シリコンによる水路補修研修会の様子

このように、いくつかの小技術を紹介してきたほか、エリアマネジメントへの適用の方法、生物多様性保全と再生に関する国際的な動向と合わせて紹介してきましたが、いくら高度な研究でリスク評価したり、理想論を唱えても社会実装できなければ、それまでです。実際に、地域にインストールするには、小さな技術と適切な場所選び、複合的な地域支援策とコミュニケーションなど、様々な分野横断型で対策が求められます。まさに弘法大師方式です.小規模多機能技術を集約してみんなのツールボックスになるようにサミットが開催できたり、博物館の展示に登場できればと考えています。